知らない間に知らない曲がミリオンヒットの今日この頃。
フォーククルセダーズの歌が心に沁みて、wikipediaを読んでいたら、、
加藤和彦が父親の高校の同級生だということが発覚。わわわ。
そういえばなぜかいつも薦めるのはカルメン・マキの『戦争は知らない』。
フォーククルセダーズも歌っているのに。
1.野に咲く花の名前は知らない
だけども野に咲く花が好き
帽子にいっぱい摘みゆけば
なぜか涙が 涙が出るの
2.戦争の日を何も知らない
だけど私に父はいない
父を想えば あヽ荒野に
赤い夕陽が夕陽が沈む
3.戦で死んだ悲しい父さん
私はあなたの娘です
二十年後の故郷で
明日お嫁にお嫁に行くの
4.見ていて下さいはるかな父さん
いわし雲とぶ空の下
戦知らずに二十才になって
嫁いで母に母になるの
詞は寺山修二。『悲しくてやりきれない』の詩はサトウハチロー。
必ずしもミュージシャンが作詞をする必要はないんですよね。再確認。
でも、フォークルの北山修の作詞も好きです。
『あの素晴らしい愛をもう一度』に『花嫁』。キラキラ輝く青春。光の力強さ。
フォークル世代(もちろん私の父も)のオピニオンリーダーだった北山修、
親の本棚から出てきた、彼の『戦争を知らない子供たち』(1971年)という本には、
同世代の若者たちの軽いものから深刻な悩みまでラジオで相談にのりつつ、自身も大人に「お前たちはどれだけ私たちが戦争で苦労したか知らないだろう」と言われることに悩む若者の姿。
50メートル先から助け求めて自分に向かって走ってくる人をうっかり避けてしまうような風潮の今、ここ30年の隔たりを感じずにはいられません。
最近、日本でなにか力強くキラキラ輝くものにも出会ってない気がします。
高校のとき、寺山修二の作品集を漁って読み、私にとって「サブカルチャー的なもの」の象徴なので、ヒット曲を作詞したということがいまだに違和感なのです。
返信削除この時代のヒット曲には、まだ「前衛」という精神があったのでしょうね。
>梢さん
返信削除こんにちは!!ブラジルはどうでしたか?
寺山修二はいつか読もうと思いつつ、書を捨てよ、町へ出ようしか読んだことがありませんので、詳しいことはわかりませんが。。
この詩に関しては前衛というよりも「戦争を知らない」世代の一般的心情をがうまく表現されたいた例外なのかもしれませんね。
それにしても、言霊のある詩です。
そういえば、今月号のスタジオボイスという雑誌がラテン・アメリカン・コネクションと題して、ここ最近のメキシコのカルチャーシーンを特集しています。
まだパラ見しかしてませんが、おもしろいです。やはりDFは刺激的です。