花の金曜日。雑踏でごった返す終電間近の渋谷駅、チャージするという友人を改札前で待っていると男の人に声をかけられた。名刺を見ると、どうやら彼が働いているのは有名店。もう一度会ってみることにした。待ち合わせは土曜の夜8時に青山で。
地下鉄の表参道駅の出口を上って青山通りの横断歩道を渡り、明治神宮の反対方向に歩いていく。暗い道路の両脇に浮かび上がる閉店後の誰もいない有名ブランド店のショーウィンドウ。指示されたとおりに或るお店の横を曲がる。コンクリート打ちだしの建物の2階が待ち合わせ場所。
閉店直後の美容院。
そう。金曜日に声をかけてきた青年は美容師のたまご。ものまねタレント、ホリをGペンでガリガリ描いた挙句に失敗したような顔の宮崎出身の彼の練習台になるかわりに、無料で髪の毛を染めてくれると持ちかけてきたのでした。
「今日はホンット、っすいません」と「マジすか?」を連呼する彼は、就業時間以外の自由時間を使ってカラーモデルをみつけなくてはならないけれどずっと断られ続け、ギリギリでみつかったのが私というわけ。かくいう私も、「自然」なフランス女は美しいというぐうたらな私にはぴったりの世間の風潮にのっかって5年以上も髪の毛の色を変えていないわけで、ちょっとそわそわ。
時間を計りながら彼が作業した結果は「で、これ失敗なの?成功なの?」と訊きたくなるような出来上がり。よくわからないけど、髪の色がずいぶん明るくなったことは事実。気に入らないというほどでもないのだけれど、年相応に老けた気もするし、今までの洋服の色とは雰囲気が合わなくなったなぁという感想。まぁ、これが未来のお手伝いになったならそれでいいのかな。
私が高校生の頃はちょうどカリスマ美容師ブーム。その頃から名を馳せている有名店だったのだけれど、彼ら研修生を監督する立場であろう人たちが2人いて、そのうちの1人は本木雅弘の顔にロンバケの頃の久保田利伸のような髪の毛の人。
そして、もう一人は、加瀬亮と
チュ・ジフンを
足して2で割ったような顔で見事な立体的ショートヘアの人。隣の椅子に座るカラーモデルの頭のすぐ後ろで、アゴを45°上げて「コレはこうすればいいんじゃねえの?」と研修生にぞんざいに言ったすぐあとに前屈みになり鏡の中のカラーモデルと目を合わせ「本当に今日はすいません。ありがとうございます」と物腰柔らかに立派な営業スマイルで微笑む。そのスイッチの切り替えを横目で凝視していた私は、その人が私の背後に立ったとき妙に緊張しました。やはり有名店の第一線で活躍するカリスマと呼ばれる人たちは個性的です。
ひと昔前の春といえば、規則の厳しかった高校から自由になったばかりのうら若き乙女たちがとりあえず挑戦してみたパーマヘアであふれかえっていたけれど、自由な学生生活という風潮の影響かはたまたパーマ技術の向上の恩恵か最近はそういった初々しい姿を見かけなくなりました。せっかく無料で髪の色を変えてもらったので、ここ数年通っていて信頼のおける、しかしいつもお互いの会話に数センチの距離感がある美容院に行ってパーマでもかけようと思います。でも、髪の毛の色を変えたら少なくとも1週間から10日は間を置いたほうがいいそう。ああ。中途半端が苦しい。。
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